2018年2月12日 (月)

平成30年2月11日、近藤勇の故郷、調布布多天神社にて、勇武館は初めて天然理心流の披露演武を行いました。

 2月11日、春を思わせる暖かい日和となりました。

 ここ、調布は新選組局長近藤勇の生まれ故郷です。奇しくも、明治維新より150年の節目の年、勇武館道場は、勇に導かれる如く、懐かしい布多天神社にて天然理心流をご披露出来ました事は、誠にうれしく思います。

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 勇の孫、近藤久太郎は明治38年、日露戦争に従軍し戦病死(25才)しました。ここ布多天神社境内には、慰霊碑が建てられ祀られています。

 今日の演武、勇と孫の久太郎の応援もあったのでしょう、門人一同も、いつになく堂々と、そして慰霊の気持ちを込めた、天然理心流の演武に熱が入りました。勇も久太郎もさぞかし喜んでくれた事でしょう。

 演武が終わった門人達の、安堵した顔つきがにこやかで、優しげだったのが印象的でした。 思わず、ご苦労さま!と声が出ました。

 立春が過ぎたとは言うもののまだまだ寒い中、新選組フアンも大勢、お越しいただき、ご声援を頂戴いたし、感激しました。有難うご座いました。

 また今回、延喜式内 布多天神社 野崎宮司様には格別の思し召しを賜り、勇武館道場が奉納演武を御披露出来ました事に、心より御礼申し上げます。誠に有難う御座いました。

 この御縁を大切に末永く御交誼を賜ります様、重ねがさねよろしく、お願い申し上げます。

 演武がお開きの後、安堵の余韻冷めやらぬ中、門人一同打ち揃い、調布駅前にて打ち上げ会を行いました。

 勇や久太郎のうれしさを背に感じ、演武が上出来のめでたさもあり、美味しいお料理を頂きながら、ほっ!とした一同の和やかな語らいに時が経つのが早く感じました。

 本日、勇武館道場の歴史にまた一つ軌跡が刻まれ、積み上げられました。有難うございました。

 













   











      

 

 

 

   

2018年2月 8日 (木)

平成30年2月3日~5日、戊辰150年新選組ゆかりの地、京都へまいりました。

 2月3日~5日まで、戊辰の役150年の京都、新選組ゆかりの各地を巡り慰霊の手向けをして参りました。

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2月3日
 今年は戊辰の役150年にあたります。

 文久3年、新選組はかの地で発足し、幕末動乱で荒れる皇城の地の安寧と尽忠報国・尊王攘夷の志を熱く抱いて活躍しました。時が経ち、時勢が大政奉還を促し、慶応4年1月、戊辰の役が勃発、幕軍は敗れ、将軍は東帰し徳川幕府は終焉を迎えました。

 今回の京都旅行は、新選組ゆかりの地を訪れ、ありし日の新選組に思いを馳せる慰霊の旅ででもあります。

 まず、京都淀の妙教寺様を訪ね、松井ご住職様にご挨拶致し、お話を伺いました。

 「慶応4年1月5日、新選組は会津藩兵達と、ここ淀千両松に陣を張り、戦いました。当日は猛烈な北風が吹き、寒さも厳しく、幕軍を大変悩ませました。戦況も時と共に西軍の最新な火器、弾薬に圧倒され、ついに大阪へ退いて行った」 との事です。土方達の無念な思いが胸を打ちました。
 競馬場横の「戊辰の役東軍殉難者慰霊碑」に刻まれている新選組、幕府軍諸隊士の霊に、心安かれとお祈りし、お焼香しました。

2月4日
 朝一番にて、壬生寺へ御参り、松浦貫主様より 「遠路、わざわざと」 とのお言葉をいただき、壬生塚に詣でました。

 昨3日まで、壬生狂言が上演されていた由、近藤達も珍しげに観劇したであろう壬生狂言、次回はぜひ拝見したいものです。

 前川邸跡に訪ね、田野一十士氏にご挨拶し、続いて光縁寺様に伺い、墓地に眠る山南敬助など多くの新選組隊士の霊に手お合わせました。墓地には、天満屋事件で落命した宮川分家、宮川信吉の墓もあります。

 京都御所、文久3年の8月政変、元治元年7月の蛤御門の変で、新選組も面目躍如の活躍をしました。

 広大な御所の警備にかかわり、「誠」の旗を掲げ意気軒昂の日々でした。彼達の勇姿を垣間みる思いでした。

 黒谷の金戒光明寺、会津守護職松平容保公の本陣です。城門のようにそびえ立つ山門を近藤達は、緊張しながらも誇らしげにくぐり、方丈の間で殿様に謁見していたのでしょう。   今でもこの門をくぐると、胸が高鳴り、容保公と勇達とは強い絆で結ばれていた事を実感します。光明寺横の石段を登り、会津墓地へ。遠いふるさとを想いはせながら願い叶わず、ここに眠る多くの会津藩士の霊に心安らかにと祈り、手お合わせました。

2月5日
 鴨川の三条河原に降り、近藤勇の首が晒されて辺りのところで、150年の節目、あらためて縁者として手を合わせました。

佐倉藩士だった依田百川が、晒されている近藤の首をみて 「まるで生きているようだった」と書いています。

勇は 「義」 の為に奉じた 「尽忠報国」 の志に悔いはなく、心安らかだったのでっしょう。

    辞世に 「義を取り 生を捨つるは わが尊ぶところ 
         快く受けん電光三尺の剣 只 将に 一死を以て君恩に報いん」

 と認めています。

 三条大橋を渡って建仁寺へまいり、国宝特別公開、俵屋宗達の描いた有名な 「風神 雷神」 (株式会社キャノンが複製) の図をはじめ多くの襖絵を拝見しました。率直にうれしいですね。貴重な作品が目の当たりに出来て。しかも写真も撮れました。

 その後、嵐山へ廻り、嵯峨天皇の御所だった、 大覚寺に詣で、静かで美しい大沢の池を巡り、帰りに太秦広隆寺に参り拝観した来ました。

 広隆寺は聖徳太子が建立した寺院の一つで、新霊宝殿には飛鳥時代に作られた弥勒菩薩像が安置されています。

 この像は、国宝第一号に認定された国宝中の国宝です。案内書には、 「この弥勒菩薩は御釈迦様にかわってすべての悩み、苦しみをお救いくださり、正しい道へとお導き下さる慈悲の仏様」 と記されています。

 近藤勇達、新選組が活躍した京都での5年の歳月は、激動する日本歴史の中では、ほんの数行かもしれません。が、まぎれもない歴史的事実でもあります。

 これからも永遠に我々の記憶のなかに残って行く事でしょう。国を思う気持ちは誰しも持っています。大義の旗を掲げ、命をはって生を全うした彼らを、私達は心から敬ってまいります。

 忙しい2泊3日の京都旅行でしたが、今回もまた、新しい出会い、めぐり合いがあり有意義な旅行でした。

 浅黄色の隊服を纏った、近藤が、新選組隊士たちが 「また来いよ!」 と言う声を背に受け、「よぉーし! またなっ!」 と 新幹線に乗りました。

























2018年2月 1日 (木)

平成30年1月28日、よみうりカルチャー横浜で近藤勇について、講演しました。

1月28日、よみうりカルチャー横浜にて大政奉還150年特別企画 「子孫が語る新選組」 で近藤勇について、長男と一緒に講演しました。

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 極寒の日曜日でしたが、熱心な新選組ファンが大勢、お越しいただきました。

 不束者ですが、一所懸命に講師を務めさせていただきました。

 宮川家と近藤勇、新選組と近藤勇、宮川家の絵図、写真、娘婿になった近藤勇五郎が目撃した勇刑死の情景などを中心にお話をしました。皆様、熱心にメモを採りながら聞いていただいておりました。

 また、当日は土方資料館館長、土方愛氏にも特別にお越しいただき、ナビゲーターとして近藤と土方、土方と新選組などについてファンと一問一答でお話をいただきました。

 土方愛様、有難う御座いました。

 私は、今から90年以上前、大正14年4月29日から15回に亘り、読売新聞が連載しました「流行児 近藤勇」と云う記事の中にあります、近藤勇五郎が目撃した、近藤勇斬首の模様を紹介しました。

 その情景は、いつ、何処で、何回話しても涙を禁じ得ません。

   快く受けん 電光三尺の剣 

   只 将に一死を以って 君恩に報いん    (近藤勇 辞世の一部)

 1時間30分の講演でしたが、ご来場の皆様ご満足をいただけたかと心配もあります。

次の機会がご座いましたら、また皆様とお会い出来るのを楽しみに、お開きとさせていただきました。

 よみうりカルチャー横浜のスタッフの皆様、本日は、このような貴重な機会をいただけました事、心より御礼申し上げます。誠に有難う御座いました。

 これからも、このご縁を大切に、よろしくお願い申し上げます。

























    

2017年12月30日 (土)

平成29年12月25日、筑波山へ納会登山に行って来ました。

12月25日、筑波山へ今年の納め登山に行って来ました。

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 今年の納めの筑波山登山をしてまいりました。

 筑波山神社にお参りし、茅の輪を3回くぐって身を祓い、清めてから登り始めました。

 年末で、平日で、風も強く、寒い日。  さすがに登山者は少なく静かで、ゆっくりと落ち葉を踏みながらの山登りでした。 

 登山道の途中にある数々のパワースポットに立ち寄りしながらの山登りは久しぶりでした。

 頂上は北からの強い寒風に煽られ、たたずむ事も出来ない程です。

 見下ろす関東平野は冬を間近にして、身構えています。遠く浅間山や上信国境の山々、男体山や日光連山は吹雪いているのでしょう、灰色の雲に覆われていました。

 下山して、茶店で熱い甘酒をいただき、冷えた身体を温めました。

 今年も何回かの山登り、無事に終える事が出来、筑波山神社にお礼して帰宅しました。

なにか、ホッとして気が和みました。


 

















2017年12月22日 (金)

平成29年12月12日、調布郷土博物館の「近藤勇と調布の幕末維新展」を見学しました。

12月12日、調布市郷土博物館にて開催されております 「大政奉還150周年記念企画展 近藤勇と調布の幕末維新」を見学してきました。

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 近藤勇は 調布上石原の豪農宮川久次郎の3男として、天保5年10月に生まれました。幼名、勝五郎。嘉永2年、剣術の腕を見込まれ16歳で近藤家へ養子に入った後、近藤勇となりました。

 幕末、維新150年を記念して、郷里の調布市立郷土博物館にて 「近藤勇と調布の幕末維新展」 が12月17日まで開かれています。

会場には、近藤勇にかかわる資料が多数展示され大変勉強になりました。

 宮川家の分家が此の度、寄贈した実物の 「近藤勇養子縁組状」 、3月6日、勝沼で敗れた新選組を追うように、新選組に迫る西軍の先方隊が早、3月11日に調布布田宿に現れ、惣代や組頭に下知したり、下見、宿割りする文書類が展示されており、緊迫した状況を知ることが出来ました。

 資料によると、近藤勇率いる甲陽鎮撫隊は慶応4年3月1日、甲府へ向け内籐新宿を出陣、この日は府中宿泊、2日は日野宿で昼食、前軍は与瀬に、中軍は、浅川に、近藤勇達は八王子泊、翌日は遅い雪に悩ませられながら小仏峠、笹子峠を越え、3月5日、勝沼に着陣。 6日、勝沼柏尾にて西軍と戦うも敗れ敗走しました。

 土佐の板垣退助を大将とする新政府軍の追撃は早く、3月9日、八王子宿、10日、日野宿、11日、調布布田宿に到着しました。13日には板垣退助の本隊も到着したと記録されています。

 ここ布田宿から雑木林を、北へ一里半程行った処に宮川家がありました。今の調布飛行場の北側です。でも、政府軍の探索があったなどの言い伝えは聞きませんでした。 あっても云わなかったのでしょう。時が時ですから。

 甲陽鎮撫隊は、分散しながら敗走し、近藤勇は一説によれば、母方の実家がある、小平廻り田新田の母方の実家に数日間滞在してから、江戸へ向かったと言われています。この話は、勇の母方のご子孫からきいた話です。今でも語り継がれているとの事で、歴史的な事実として大切に残して置きたいですね。




   

   

   











2017年12月11日 (月)

平成29年12月9日、剣術天然理心流 勇武館道場は、今年の稽古納め演武会を行いました。

 12月9日、勇武館道場ほ今年の稽古納めでした。

 基本稽古の後、道場内演武会を行いました。、門人全員が、この一年で培った天然理心流の形、技を真剣に、自信満々に披露しました。  素晴らしい演武会でした。

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 12月9日、勇武館道場は今年の稽古納めでした。

 通常稽古の後、道場内演武会を行い、この1年を通しての形、技の上達ぶりを門人の前で披露しました。

 あらためて、門人一同の前での演武披露は、初心者はもとより上級者、中級者にも思わぬプレッシャーがかかり、いささか緊張気味でした。

 いつになく気合の入った演武は、いずれの組太刀も素晴らしい出来で、指導者共々大いに納得、見事な成長ぶりに感じ入りました。

 来年も一層の飛躍が期待出来、稽古始めが楽しみです。

 来年の勇武館道場は 「和を以って貴しとす」 です。

 この1年、本当にご苦労さまでした。

 稽古が終って、恒例の忘年会がありました。大勢の門人が参加し、いつになく和やかに、楽しく、そして美味しいお酒をいただき、温かいなべ料理に舌つづみを打ちながら、今年の演武会を反省、来年の演武会への意気込みを語りあい、いくども乾杯を交わし、アッという間に過ぎた3時間でした。 一息ついてから3本締めでお開きとなりました。

火照った身体に、冷たい夜風も心地よく感じられ、心が和むのを憶えました。うとうとしていると 「山あり、谷ありだぁー。 稽古、励めや。天然理心流をでえじなぁー。おめーにまかせてあるからよぉー」 勇から肩をポンとたたかれた様な気がしました。 やっぱりうれしかってですね。

 来年もよろしく。




            


























2017年12月 7日 (木)

平成29年11月29日、皇居一般参観コース見学と紅葉の六義園にまいりました。

11月29日、快晴に恵まれ、初めて皇居一般参観コース見学と、柳沢吉安が築園した六義園の、今が見頃の紅葉を見物して来ました。

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 過日に申し込んでいた、皇居一般参観コースへの入場許可が下り、初めて桔梗門より皇居に入りました。

 指定されたコースを案内係に誘導されながら、皇居内を周りました。 とにかく広大な城内でした。

 江戸城は歴代の徳川将軍の居城でしたが、明治の世になってから、天皇家がお住まいする宮殿となりました。

 戊辰の役で、東帰した将軍 徳川慶喜公をはじめ、諸大名が騒然として慌ただしく、行き来した城内、近藤、土方達もこれからの徳川家再考を計るべく、大いに論議したであろう武者溜りや大広間は、今は見る事は出来ませんが、登城する度、くぐったであろう大手門、坂下門等は往時のまま現存されています。

 慶応4年2月12日、城門からしずしずと去り行く、慶喜一行の行列、語りかける言葉も発せられずに見送る恩顧の諸大名。 なんともやるせない情景が脳裏を過りました。

 資料によれば、近藤勇達、新選組は徳川慶喜一行を護衛しながら、上野寛永寺まで同行し、25日まで警備を行ったと伝えられています。

 宮内庁、宮殿等はテレビ、新聞写真などで見る通りですが、今回は桔梗門、富士見櫓、坂下門、伏見櫓、二重橋、蓮池濠など初めて見る事が出来、約250年に亘り歴代徳川将軍が過ごされた名残が今でも十分に感じられました。

次に、五代将軍 徳川綱吉の信任が厚かった、川越藩主 柳沢吉安が築園した駒込の六義園へ足を伸ばしました。

 吉安は、和歌の嗜みがあり、園内は随所に築山、池、滝、小川を配置し、茶室なども設け、和歌を詠めるようになっています。

 優雅な佇まいの六義園は、春・夏・秋・冬、いつ行っても心安らかになる名所です。ぜひ一度、お運び下さい。

 学校で習った柳沢吉安の人物像とは、だいぶ違って、自然を愛した彼の一面を見る事が出来ました。

 本日は丁度、紅葉が盛りで楓や蔦、諸々の樹木が赤や黄色に色づき、夕日に輝き、なんともいえない風情でした。

 夜はライトアップされるとの事で、夕方にもかかわらず大勢の入場者で賑わっていました。

 次回は、桜の咲く頃に、また行ってようと思っています。

 
















2017年11月30日 (木)

平成29年11月23日、伊東甲子太郎、芹沢鴨ゆかりの地巡りに参加しました。

11月23日、近藤圭二氏主宰「史誠会」の11月例会 「伊東甲子太郎・鈴木三樹三郎兄弟と芹澤鴨ゆかりの地」巡りに参加しました。

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 かねてより、芹沢鴨、平間重助、伊東甲子太郎、鈴木三樹三郎など新選組に在籍し、活躍した隊士は、お互い、常陸の国で意外に近い場所の石岡や霞ヶ浦周辺で生まれ、育ち、共に尊皇の志、厚い水戸学を学び、やがて上洛し、時期はずれましたが幕末の一時期、新選組で活躍した縁に、興味がありました。

 近藤勇生家子孫である、私自身、現在は旧常陸の国、牛久藩に住み、彼等とは、いわば同郷の士です。不思議な縁を感じますね。

 11月23日、JR石岡駅から、先ず鈴木家の菩提寺である、東耀寺を訪ね、墓所に手をあわせました。堂々とした立派なお墓です。

 鈴木家は代々、石岡周辺を領する旗本 本堂家(石高8千石)の郷目付。伊東甲子太郎は長男で幼名、裕之。二男の鈴木三樹三郎は幼名、多門。剣術は北辰一刀流。元治元年、近藤勇に誘われて入隊、参謀を務めました。  その後はご存じの通り。

 芹沢鴨の実家は行方市芹沢に在り、名家でした。代々尊皇の志が厚く、父は 貞幹。、なかなかの教養があり、水戸斎昭も領内巡察の折、芹沢家に立ち寄り、扇、鞭、金子、菓子等を与えたとの事です。

 芹沢 鴨は幼名 玄太。結婚して木村継次となりました。継次も尊皇の精神を学び、剣術は神道無念流の戸ヶ崎熊太郎から師範免許を受けるほどでした。その後、水戸天狗党に加入しますが、分裂した為、退会。名前も芹沢鴨に戻し、平間重助らと共に、文久3年、浪士隊に参加。将軍警護のため上洛しました。 その後はご存じの通り。

 芹沢 鴨は、芹沢家の菩提寺 「法眼寺」 で眠っています。立派な墓所です。

 帰りに、新選組 平間重助の生家に立ち寄り、現ご当主の平間氏にご挨拶を申し上げ、
銘酒 「尽忠報国」をお土産に頂戴しました。美味しいお酒を有難うご座いました。

 かすみがうら市歴史博物館にて開催されています特別展 「伊東甲子太郎と幕末の同志」 展を見学しました。 甲子太郎に関わる方々のお話、手紙、和歌など多数の資料が展示され、伊東甲子太郎の人物像を再認識しました。

 芹澤鴨や伊東甲子太郎達も水戸学を学び、「尊皇・攘夷」の志を抱き上洛しました。純粋一途な彼らも、京での複雑な世情に翻弄され、流され道半ばにして斃れました。さぞかし無念だった事でしょう。

 彼達も眺めたであろう、往時と変わらぬ、夕暮れの霞ヶ浦からの筑波山を見ながら帰宅しました。

 「史誠会」の皆様、本日は有難うご座いました。次の機会もよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 









2017年11月20日 (月)

平成29年11月11日、勇武館道場は据え物切り稽古を行いました。

11月11日、勇武館道場は真剣にて据え物切りの稽古を行いました。

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 11月11日、久しぶりとなりましたが、真剣による据え物切りの稽古を行いました。

 指導部による安全確認、居合刀による入念な素振り稽古の後、門人それぞれのレベルに応じた据え物切りの稽古でした。

 勇武館道場も真剣を手にされた門人が増えました。指導部も今迄以上に安全第一に真剣の取り扱いに注意を促し、万が一にも怪我や事故などの無いよう厳しい指導を行っています。

 真剣による据え物切りも見たり、聞いたりしている程、簡単に巻き藁を斬る事は出来ません。一言に言って難しいですね。気・剣・体の一致なくしては決して斬る事は出来ません。

 心に一瞬の迷い、危ぶむ気がよぎりますと即、手元に狂いが生じ、太刀筋、刃筋が乱れ斬り損じます。

 あらためて、常日頃の稽古を積み上げ、不動心を養う大切さを実感します。

 稽古では、邪念、邪心を打ち払い、心から指導者に教えを乞う直向きな気持ちが必要です。

 指導部、門人共々、千日の、万日の稽古に励みましょう。

 「兵法とは 心 正しからざれば 成るまじき所作なり」   鹿島新當流

 以て銘すべき金言です。

 本日は、ご苦労様でした。  次の機会が待ち遠しいですね。   よろしく。

















2017年11月 6日 (月)

平成29年11月5日、第30回 刀道全国大会に於いて、勇武館道場は天然理心流を演武させていただきました。

11月5日、第30回刀道全国大会に於いて、勇武館道場は天然理心流の演武を行いました。

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 11月5日、全日本刀道連盟主催の第30回刀道全国大会が日野の東京至誠館道場にて開催されました。

 当日は、快晴に恵まれ連盟傘下の全国の道場より大勢の剣士が参加され、日頃の稽古で培った妙技を披露されました。

 剣士の皆さん、いずれも甲乙つけ難い技でしたが、車邦秀師範をはじめ審判の先生方の厳正な審査により勝敗が決して行きました。

 次の機会には、勇武館道場からも指導部推薦の門人を出場させたいとの思いが募りました。

 緊張する決勝戦の前、勇武館道場は天然理心流「木刀表の形、中極意陰撓の形」をご披露させていただきました。

 全国大会に参加されました刀道連盟傘下の剣士の前で演武出来ました事は、誠に光栄でこれからの精進の糧にとなりました。

 来年の大会にもぜひ私共、勇武館道場が栄えある演武が出来ます様、全日本刀道連盟中澤会長先生、車邦秀先生のお力添えを賜りたく、宜しくお願い申し上げます。

 本日は、誠に有難う御座いました。

 

 











   








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